アブラハム

フロイトに最も忠実な5人組の一人

 初期の精神分析運動は癖のある人物が多かったが、その中で、カール・アブラハム(1877~1925)は、バランスがある性格で調整役として周囲から評価されていたが、その中庸さにフロイトは物足りなさを感じていたようだ。
 それでも、アブラハムはフロイトの忠実な弟子であり、フロイトに反逆する弟子たちに対しては取り締まり係のような役割を果たしていた。ことにユングとのあいだの溝は大きく、フロイトは、ユングを精神分析の内部に止めようとしていた時期には、二人の間の衝突をなだめようとして苦慮した。ユングを敵視するアブラハムに対して、フロイトは和解の手紙を書くようにアブラハムを説得し、アブラハムはそれに従ったが、結局ユングからは返事は来ないままだったという。のちにユング追放が決定的となってから、フロイトは国際精神分析協会会長だったユングの後釜にアレキサンダーを据えた。
 アブラハムはオットー・ランク、フェレンツィなどともにフロイトに最も忠実な5人組の一人として、フロイトの信頼を得、先に名前を挙げた二人のようにフロイトの理論から距離をとることは一切なかった。一方でアブラハムは精神分析派内の反対者からは「体系化に執着しすぎ、厳密さを追究しすぎる」と批判されていた。
 アブラハムは組織運営にもセンスがあり1920年代にはベルリンに精神分析の訓練期間を設立するなどの手腕を見せた。ここで多くの研究者を育てている。
 だが、アブラハムは40代の若さで肺ガンで亡くなり、フロイトはその功績を最大限に称える悼辞を書いた。告別式でアブラハムの名前が間違えて読み上げられたとき、フロイトは激怒したという。

性格類型の精緻化

 アブラハムの業績は、フロイト派の中で、フロイトがその理論形成の付け足しのように書いた性格類型を精緻化し、さらにそれを特定の疾患と結びつける試みをしたことであった。
 その手法は正統的な精神医学にも受け入れられるような手堅さがあり、アブラハムが生きながらえて精神分析派のフロイトの後継者の立場を手中にしていれば、精神分析は今日とはかなり姿の異なるものとなっていたであろう。パーソナリティー論の分野で言えば、アブラハムの最も重要な仕事は、フロイトのいう口唇期と肛門期を更に二つに下位分類したことである。

フロイドの初期の後継者たちであるアブラハムやヘニケルやグローバーなどはフロイト的な依存性概念をさらに拡大し、更に口唇期に固着した性格を二つのタイプに分けた。一つは幼児期の食生活の間に体験される欲求不満の体験から主に由来し、もう一つは幼児期の食生活による満足体験から主に由来する。例えばアブラハムは口唇期的な楽天的傾向なる仮説を提唱した。そのような人たちは社交的で世話好きな特徴を示すとしたのである。さて、その一方では幼児期の口唇期的な欲求不満は、口唇期的な依存性という過剰な悲観的態度を生み出すという主張がヘニケルやラードによって展開された。それらは抑うつ状態や引きこもる態度や受け身の態度として生涯に渡って現れるとされた。
 このように初期精神分析においては依存性は口唇期への固着の結果として位置づけられ、それはオプティミズムの方向とペシミズムの方向との両方向への偏った性格傾向に結果すると主張されたのである。
 アブラハムは、フロイトの肛門期も更に二つの段階に細分化した。
 一つは、排出的肛門期である。この時期への固着が生み出す性格特徴は疑い深さや誇大妄想傾向である。自惚れや極端な野心、自己主張、ルール無視などを特徴とする。
 続く時期は保持的肛門期とされる。倹約主義、頑固、秩序重視などの性格傾向を見せる。この時期に固着した性格者は、吝嗇家で杓子定規で屁理屈をこねまわし、小心者で、社会的規則を守ることに頭が一杯である。
 アブラハムの大きな特徴は、それぞれの発達段階がスムーズに進行しなかった場合に、特定のパーソナリティー病理や精神疾患が発生すると考えたことである。つまり、精神疾患もその起源となる発達段階に対応させることができるとした。アブラハムは、「統合失調症は発達最初期の自己愛的段階への退行」「うつ病は口唇期への退行」「強迫性障害は肛門サディズム期への退行」などとしたのである。また、サディズムは排出的肛門期に由来し、罪悪感は抑圧された口唇サディズム傾向が再現するために生じる-など、特定の行動様式や感情も発達段階に結びつけることができると考えた。このように発達段階によって病理や感情に発生的な説明を行うことは、弟子のメラニー・クラインに引き継がれ、更にオットー・カーンバークに引き継がれる精神分析内部の一つの伝統的発想スタイルとなった。
 また、抑うつ感情は、対象に同時に愛と敵意を感じるという葛藤から生じるもので、その対象を失った時に抑圧していた敵意があらわになって愛情を抑制し、また、その敵意が他人に投影されて、「自分は嫌われている」という自信喪失をもたらすことから生じるとした。後期のフロイトは、このアブラハムの抑うつ論に触発され、メランコリーへの考察に重点を置いた。