クレペリン

 精神障害を正確に診断しようという意欲は強かったが、そこで用いられる分類体系が個々バラバラである-この混乱状況を大きく切り開いたのが現代精神医学の父と称賛されるエミール・クレペリンであった。 
 クレペリンは、1856年ベルリンに近い町で生まれた。ライプチヒ大学で医学を学び、精神医学に接する。途中、医師免許を得てから、ミュンヘンの州立精神病院で4年間臨床経験を積んだ。その翌年に大学精神病院に職を得、彼の畢生の超大作『精神医学』の初版となる原稿を書いた。以後、クレペリンには精神病院と大学教授とのあいだを往復するような人生を送ったが、その間、教科書『精神医学』に改訂に改訂を重ね、1926年その第九版の改定作業の途中で亡くなった。

クレペリンが創始したドイツ記述精神医学

 クレペリン (1856 - 1926)は心理学・精神医学の歴史の中でビッグ3に確実に入るほど巨大な影響を及ぼした人です。クレペリンは精神疾患を他の身体疾患と同じような「生物学的原因を持つ病気」として位置づけ網羅的な分類を考案しました。
 つまりクレペリンは、精神疾患も体の病気と同じように「原因・症状・経過・予後」という形で記述することができ、類似したものを分類すれば疾患単位となると考えました。1890年ハイデルベルク大学の精神医学教授となってから大学病院の入院者の病歴や退院時の状態を丹念に記録しました。
 クレペリン以前には「マニー」という侮蔑的なニュアンスがある言葉が使われていましたが、狂気とだけされていた状態もクレペリンの分類によって疾患として位置づけられるようになりました。
 クレペリンには、「ひたすら患者を観察し、その精神症状を記載する」という記述主義に徹底し、その疾患の原因に対しては徹底的に「現代は、まだ精神障害の原因を解明できる学問的水準からは程遠い」という認識のもとに(その背後には、すべての精神疾患の原因は脳などの生理的なものによっているはずだが、現代はそれがまだ解明されていない」という認識に基づいている)、障害のメカニズムに関する仮説の構築は行わなかった。「何故、このような精神障害が起こるのか」という原因究明はひとまず一切問わないで、ひたすら症状の忠実な記述に徹する-クレペリンがとったこの方法から、記述的精神医学という名称が生まれ、その方法は現代のDSMの基本精神となって受け継がれている。
 このような方針の元に、クレペリンは、それまで考案された分類体系をはるかに上回る優れた体系を構築し、(国際標準とまではいかなくても)比類ない影響力を及ぼすに至った。
 クレペリンの症状記載は徹底的というしかなく、クレペリンが言及していない精神症状を見いだすのは難しいのではないか、という人すらいる。
 彼は、フロイトの精神分析学で原因を説明できるという主張に批判的で、ひたすら症状を記述することによってドイツ記述精神医学を確立しました。
 
 クレペリンは、植物マニアであった。彼はかなりの旅行好きで何度も国際旅行をしているが、その中には、植物に関する記録が数多い。彼がピネルの時代ほどの輝きを失っていたリンネの植物分類学にいまだに影響を受け続け、「ひたすら収集、ひたすら分類」ということに執着し受けたのは、そのような植物に対する彼の強い関心が左右していたのかもしれない。

病気として定義したクレペリン

2大精神疾患の分類確立

 クレペリンの最も大きな業績は 精神医学教科書の改訂を重ね続けて、 統合失調症と気分障害の2つの疾患単位を確立した事です。クレペリンは精神病の原因を脳や遺伝等、まだ未解明なものと考えていたためこの2つを内因性としました。
クレペリンの二大精神病

 彼の不滅の業績は、統合失調症と気分障害(躁鬱病など)という現代でも精神医学の2つのメインな対象とされている精神障害をカテゴライズしたことにある。

 その歩みは以下のようなものであった。
1883年(27才)
精神医学教科書初版
第5版(1896)
早発性痴呆(統合失調症)
第6版(1999)
13の大グループに分類
第8版
躁鬱病(双極性障害・抑うつ障害)

 クレペリンは疾患単位とその症状が一対一で対応すると考えていましたが、晩年には、疾患とその表現形態(症状などの病気の現れ方)は必ず対応するわけではなく、異なる病因から似たような症状が見られることがあることを認めるようになりました。

  クレペリンは、ナチスの政権掌握を見ることなく亡くなった(ヒトラーが掌握する7年前に没した)が、ナチスが最初に勢力を獲得したミュンヘンでその勢力が影響力を拡大しつつある時であり、クレペリンはこれを嫌っていたという。クレペリンは、ナチスに対して批判的な立場をとっていた弟子を後任の教授にしようとするが、すでに大学の人事への介入を始めていたナチスによって拒絶され、クレペリンの望まぬナチス寄りの研究者が後任の教授となった。クレペリン自身はナチス嫌いだったのに、クレペリン死後、多くの弟子達がナチス支持に回り敗戦後公職追放された事から、代わって哲学的人間学によって病理を説明しようとする精神病理学(人間学派)が戦後ドイツで栄えました。精神分析は戦後もヤスパースら批判派が強く ドイツでは沈滞し米国で大成長を遂げました。

クレペリンによるパーソナリティ分類

 それに比べればはるかに見過ごされることだが、クレペリンは、史上初めてパーソナリティー障害をひとつのまとまりあるグループとして提唱した人物である。精神病質性人格というグループによって、彼は(それまでにも存在した、人間全般の性格分類法ではなく)「異常性格の分類カテゴリー」を創案したのである。
 
 精神病質性人格の中にはクレペリンは合計7つの類型を提案したが、これは、今日ではあまり省みられないものとなっている。ミロンは、その7つの精神病質性人格は、あくまで犯罪傾向との関連性で考案された類型である、と位置付けている。
 とりあえず、クレペリンの挙げた7個からなる精神病質人格の一つ一つをみてみよう。

クレペリンの7つの精神病質人格

1.興奮者
 精神的に活発であるが、非常に怒りやすいという情緒の興奮性を最大の特徴とする。一旦怒りを爆発させると狂瀾怒濤の態を呈するが、そのような興奮状態は、2,3時間しか続かず、終わるとケロリとしている。気分は頻繁に代わり、普段はメランコリックで涙もろいタイプ、子供っぽい陽気さを示すタイプなどがある。
 多弁・オーバージェスチャーで落ち着きがない。ルーチンワークを嫌う傾向があり、何も長続きしない。感じやすさはあるものの、全体的には、真面目で善意の人である。

2.軽佻者

 判断が未熟で刹那的で、享楽的な遊びごとにもっぱら関心を向ける。目立とうとするために仲間の態度に意志がたやすく影響を受けやすく、均等な意志的緊張を持続させることができず、短期間での「やる気」が動因になるだけである。快を求め、自分の欲望をコントロールすることができないので、性的にも容易に逸脱し、浪費に走ることもある。ルーチンワークを持続することができない。情緒不安定で、気まぐれで注意散漫である。知識をすぐに習得しひけらかしたがるが、自分なりの咀嚼がないので、すぐ忘れてしまう。みかけはよいが、深いところで道徳心を欠く。想像力は非常に活発だが、誇張・作話、想像した役になりきるなどのこともある。落ち着きがなく気まぐれに計画を変えてしまうので、人生航路は多彩で冒険的になりやすい。楽天的で、事態が深刻でも、その深刻さをどうでもいいものと見なしたがる。最終的には、生活全体が無計画になり労働を放棄する。窮乏しても独特のあきらめの良さであらゆることを無関心なまま無意味な日々を過ごす。ヒステリー症状を示すこともある。

3.欲動者

 「衝動的な意志の興奮によって行動が支配される」ということを特徴とする。行動そのものは理解可能であり、むしろ駆り立てる力が抵抗しがたいほど強いものであることが特徴となっている。
 このタイプは、自己評価が高く、実際に機知に富んでいるが、傲慢でビッグマウスである。現実を冷静に検討しようとせず、都合のよい方に事実を歪曲する。気分は高揚しており、楽天的で人当たりはよい。他方、傲慢不遜で妄想的なタイプもいる。通常、逆の方向の落ち込みなど、感情の振幅が大きい。特にきっかけもないのに不機嫌になってひきこもってしまい、この気分が衝動的な行動の引き金となる場合もある。サブタイプとして浪費家・放浪者・渇飲者に分けられるとしている。

4.奇矯者
 「その生活に内的な首尾一貫性が欠けている」ことを特徴とする。話は、長たらしかったり、飛躍したり、冗長だったりする。些細なことに興奮する過敏性を示したり、「他人が自分に注目している」というような関係妄想を持つ場合もある。これらは、少数の思考パターンのみが肥大しているために起こる。つまり、物事の把握が独特過ぎて、常識はずれの歪んだ判断に傾きやすいのだ。矛盾だらけで理解困難に見える。中には、穴蔵に閉じこもったり、墓地でもの思いに浸るなどの非常識に走るなどの場合もある。
 自分独自の道を行こうとして、具体的なステップを検討しないまま奇抜な計画に走ったりする。不平が多く協調性がないこともあわせて、仕事は長続きしないことが多い。
 
5.虚言者と詐欺師

 「想像力の過度の活発さ」「意志の一貫性のなさと無計画さ」を特徴とする。現実を無視した空想を活発に行うので、一見すると多方面に才能にあふれているように見える。話も上手で、また、他人に自分の話を聞かせたがるが、その知識は切れ切れの雑学であるにすぎない。新しい人間関係の順応能力があり、相手に強い印象を与える。学習は早いが、注意力散漫で持続性がなく、骨を折ることや、自分なりの結論を出すことは拒否しがちである。落ち着きのなさが特徴で、何でも手を出すが、行き当たりばったりである。人生を真面目に計画性をもって考えることができず、責任を要求されると尻込みする。
 フィクションと現実を見分けられなくなったり、無意味な嘘をついたりする。
 自分の話に次々に尾ひれを付けてしまう。気分はバラ色で基本的には高揚しているが、些細なことでいらだったり不機嫌になりやすい。人生に対して要求ばかり高い彼らは、詐欺などの犯罪行為に走る場合があり、特に男性の場合には単純な犯罪よりも行為が非常に多い。

6.社会敵対者(反社会的人格)

 「共同社会の目標に逆らうこと」を特徴とする。他人の権利を侵害する行動をとったり、社会人としての義務を拒んだりする。このタイプには、道徳的な鈍感さと、他人に対する情緒的反応が乏しいことが基本的な共通特徴である。彼らには、他人から承認されたいという気がない。
 ルーチンワークを嫌い、あらゆる手段で逃げだそうとする。また、その判断は一方的で明確な人生観を持たず、未来を構想せず、目的意識がなく、その時々の刹那的な判断しかない。また、嘘を平気でつくことが大きな特徴である。彼らは、陽気で自惚れていたりするが、苛立ちやすく、急に気分を変えてしまうことも多い。ときに、見境のない怒りにとらわれて、自罰するよりも、器物破損などに破壊的行動に走る。
 幼稚な自惚れと虚栄心があり、威張り、自画自賛し、大言壮語する。
 深い情動体験に欠け、自分の身の回りの人間ドラマにはほとんど何も感じない。自尊心がなく、非難されても無頓着で責任感がない。感謝や従順の感覚がなく、自らの欲望のみを追求する。
 向上心が欠如しており、発達の早い段階からに動物虐待などを行うこともある。学童時代から非行行動など問題を引き起こす。成長の早期から、なにもかもを耐え難い強制とみなすだけで、家出や退学が見られる。自由への衝動を持ち、チャンスを見つけては逃げ出してしまうが、任された仕事をやり遂げることができず、経済的な底辺に落ち込むこともある。
 快楽志向が非常に強く、欲望の満足を無制限に求める。性的要求に対しても同様である。
 このタイプは、再発性が強い。その理由の一つは、罰に対して反省を示さず、かえってペナルティーを下す社会への反抗心を強めることが多いからである。また別のタイプは、どんな処罰を受けても、事態を軽く見落としてしない。
 これらのタイプの中には、積極的に社会的秩序の破壊を行おうとする能動的なタイプから、ただ単に社会的義務から逃避しようとする受動的なタイプまでがあり得るが、「道徳心の欠如」という共通項をもっているために、一つの大きなグループをなす単位として目指すことができる。

7.好争者

 クレペリンは、妄想に関連して好訴者つまり訴訟マニアをあげているが、類似性を持つ病的パーソナリティとしてこの好争者をあげている。物事を自分にとってだけ正当性を認めるような方向で解釈し、記憶に関しても、自分に都合よい方向に歪曲するが、妄想には至らず、それよりも、憎悪に満ちた性格が根底にある。苛立ちやすく、他人の些細な言動に対して、そこに悪意を見いだし闘争的な態度をあらわにする。周囲とトラブルが絶えない喧嘩屋たちである。根底には高すぎる自己評価があり、自分の言うことだけが正しいという独善性が強い。
 頭が良く、ちょっとしたことで他人の揚げ足をとるのが巧みなタイプや、10年以上に渡って訴訟に固執するような執念深いタイプまで存在する。

 以上のクレペリンの精神病質人格の分類は今日においてはあまり評価されていない。だが、この7カテゴリーの中で、社会敵対者の記述のみはずば抜けて洗練度が高い。現代の反社会性パーソナリティー障害の研究すらも、少なくとも症状記述の面においては、クレペリンに付け加えるものはあまりないのではないかとすら思われる。
 反社会性パーソナリティー障害に該当する記述が非常に充実しているのは、ピネル以前からのこの性格病理に対する研究蓄積にもよるだろう。だが、実は、クレペリンはそのデビューを犯罪心理学から出発しようとしていた。しかし、出版社が犯罪心理学だけにテーマを限定すると本が売れない、と判断し、これに応じてクレペリンはやむなく精神障害全般を扱う教科書としての『精神医学』を書き始めた。このように、クレペリンがその出発点において反社会性パーソナリティ障害の研究を志していたということが、この時代においても、パーソナリティ障害と言えば、まず問題となるのは反社会性パーソナリティ障害であったということを見てとることができよう。