フェアバーン

エネルギー論よりも重要人物の取り入れ

 フェアバーンは1889年イギリスのエディンバラに生まれた。エディンバラ大学をはじめ独仏の大学で哲学・神学を学んだが、第一次世界大戦に参戦し、後日「戦争神経症」として繰り返して論じた兵士の心理状態に触れ、戦後、医学部に再入学。30代半ばで医師免許を取得し、1964年に没するまで開業精神分析家として活動を続けた。全く孤立した学究を続けていたが、いち早くクライン支持を表明し、50代以降の著作活動によって対象関係論の基礎を確立した。

 フロイトは「本能的なエネルギーが存在し、そのエネルギーをコントロールする体制を構築する中で各人のパーソナリティが形成される」という発想を持っていた。これを「リビドーを実体的なエネルギーとしてとらえる前提がある」とフェアバーンは批判した。フェアバーンに言わせれば、リビドーの本質は、マグマの如きエネルギー的存在ではなく、「対象と満足の行く関係を築きたい」という対象希求的な傾向である。フェアバーンは、「乳児的依存(対象への同一化)から成熟した依存(自他が分化している)へ」が発達の本質であり、この両者のあいだに中間段階があるだけだ、と考えた(フェアバーンは、フロイトやアブラハムが想定した発達段階の中で口唇期のみの存在を認めた)。

 フロイトは、人間心理をエネルギー論的構図で捉える反面、「子供が両親像を自らの心的世界に取り入れてその一部とすることによって、道徳観などの超自我を形成する」と考えた。ファアバーンは、そのような重要な人物のイメージの「取り入れ」ということは超自我形成に限定されず、乳児期早期から活発に行われる普遍的心理機制だと考えた。健全な発達の場合は、乳児期において、母親の肯定的なイメージが積極的に取り入れられ、これが乳児の自己認識の核となる。また、母親の否定的な側面も、乳児にとってはそれを自分の内部のものにしてしまった方がコントロールしやすいので、内部に取り入れられる。口唇期においては、このような肯定面・否定面に分裂した母親イメージに対して未熟な依存が行われる。その後、移行期を経て、対象に肯定的な面があることも否定的な面があることも認めた成熟した依存関係の時期が来ると考えた。

「愛しようとすれば、自分の攻撃性が相手を傷つける」というシゾイドのジレンマ

 フェアバーンは、人間は口唇期前期の対象関係に困難が集中している場合、シゾイド・パーソナリティー(内向的タイプ)に、口唇期後期にの対象関係に問題が集中している場合抑うつ性パーソナリティー(外向的タイプ)になると考えた。分裂的傾向と抑うつ的傾向のどちらが優勢であったかによって、人間は基本的にこの二つのどちらかのタイプに大分されるというわけである。ことにシゾイドパーソナリティーについて詳しく論じている。

 シゾイド・パーソナリティーは、自らの愛情の中に攻撃性が潜んでいると感じている(これに対して、抑うつ性格者は、自分の愛を攻撃的なものとは思っていない)。母親を愛そうとすれば、自分の内部の攻撃性が母親を破壊してしまうと恐れ、またこの内的攻撃性ために母親は自分を愛してくれないし、愛されるはずもない、と想定してしまう。母親に限らず、成人したシゾイドパーソナリティーは、「愛し、愛される」という欲求が挫折すること深く恐れるあまり、他人に愛情を与えることを強く拒絶している。

 シゾイドパーソナリティーの根本的な感情は空虚感であり、シゾイド・パーソナリティは、自分の中の何かを他人に与えてしまえば、カラッポ感覚に陥ってしまう。彼らは、自分のもっているものは与えるまいとして外的な対人関係を避け、これを内的な対象関係に置き換え内的活動にふける。これこそ内向性の本質である、とフェアバーンは定義する。 また、知的探究を過大評価することが、情緒的引きこもりの一つの形として現れる。それは、内的対象関係をさらに抑圧し、それを知的領域へと置き換えたものにほかならないのだが、これによって、彼らは自分の内部に貴重なものがあるように感じる。

 表面的な社会的態度をこなすことはできるが、社交によって自分の内界を覗き込まれることを防ごうとする秘密主義が生ずる。彼らは、絶え間なく自己観察を行い、ここから自意識過剰が生じる。

 フェアバーンは、クラインにも色濃く残存していたエネルギー論的論法を排除し、その妄想-分裂的ポジション/抑鬱ポジションという図式をそれぞれシゾイド・パーソナリティと抑鬱性パーソナリティーという成人の2大パーソナリティーの起源論と関連づけさせたと言えるだろう。