ホーナイ

多彩な才能

 ホーナイは、一八八五年、ハンブルクに生まれた。父親は保守的なクリスチャンで、船長だった。海外から帰ってくると、ホーナイにはプレゼントを持参するだけで、もっぱら学業などの知的成長の期待は兄の方にかけていた。一方の母親は、女性の知的活動に対しては先進的な考えを持っていた。ホーナイは、当時女性に対して唯一門戸開いていたフライブルク大学医学部に進学を希望。父親は反対だった。母親は父親と別居し、学費を支援した。ホーナイは野心家だった。当時、先端的の潮流と見なされていた精神分析が盛んなベルリン大学に転学。その卒業前に母親は死去し、ホーナイは最初の鬱状態に陥る。

 ホーナイはシカゴ大学では精神分析家養成のプログラムを担当した。このころ、生得的な本能よりも対人関係を重視するようになり、正統的なフロイト理論から離脱の動きを見せ始める。

 元来、保守的な夫は妻がベルリンの精神分析家グループの中で一目置かれていることを快く思ってはいなかった。しかも、ホーナイは、片っ端から周囲の論説を批判し、ユング派やアドラー派とも交流するという正当派からは容認できないスタンスをとって、ベルリン精神分析研究所で孤立していた。

 1940年、ニューヨーク港に、三人の娘を連れた四十五歳の女性が到着した。その名は、カレン・ホーナイ。彼女は、自分の人生が不思議な反復をしていることに思いを寄せていた。会社経営者だった夫は、七年前に赤字に転落し、慢性的な病気も加わって怒りっぽくなり夫婦仲は冷え切っていた。同じ年に兄が病死。ヨーロッパを覆った絶望的な不況。海水浴に行っても「いっそ、ここでおぼれてしまった方が...」と自殺の思いにつきまとわれる鬱状態。

 ホーナイはシカゴ大学では精神分析家養成のプログラムを担当した。このころ、生得的な本能よりも対人関係を重視するようになり、正統的なフロイト理論から離脱の動きを見せ始める。

 ニューヨークに転地し、「社会研究ニュー・スクール」(当時は、成人の教養講座を開催する組織であった)で講座を担当した。 ホーナイの肖像写真を見ると「若い頃はさぞかし美人だったのだろう」と私は思うのだが、「特に美人と言うほどではなかった」とされている。それでも、ホーナイの講義は華やかで、大変人気があったらしい。

 やがて、社会研究ニュー・スクールは、ヒトラー政権から亡命してきた研究者の受け皿となった。しかし、亡命者を受け入れるうちに伝統的なフロイト主義者がニューヨーク精神分析研究所に増えてゆき、ホーナイは村八分にされてしまう。とうとう一九三八年には「抑圧は本能から生じるのではなく、敵対的な文化によって形成される」として真っ向からフロイトを批判し、一九四一年には自分のグループ「精神分析振興協会」を結成し、アメリカ精神分析協会から除名されるに至った。

 ベルリン時代に正統的教義以外にあれこれ手を伸ばして孤立を招いたことと、まともや繰り返しである。対抗勢力となったホーナイは、精神医学者サリヴァン、文化人類学者マーガレット・ミード、人間性心理学のマズローら多方面の講師を招いた。政治学者ハンナ・アーレント、ゲシュタルト心理学のウェルトハイマーとも交流があった。多方面の分野に手を広げ得たという意味では、女性精神分析家の中で最も華やかな存在であったといえそうな人物である。

ロマンスの多かった女性で、エーリッヒ・フロムとは長い間恋仲だったが、のちに決裂し、サリバンなどはフロムの側についてホーナイからは離れてしまったようである。1952年には来日し、禅や森田療法に関心を示していた、という。

対人関係に注目したパーソナリティ分類

 ホーナイは、サリバンを筆頭とする新フロイト派らしいパーソナリティー理論を主張した。つまり、パーソナリティーとは、リビドーという生物的なエネルギーの発散体制や発達上の問題から発生するものではない。たしかに、フロイトが指摘するような欲動が存在しても、その解消がはかられるのはあくまで対人関係においてなのであって、パーソナリティーとは、主に対人関係を処理するための戦略スタイルの相違として位置づけられるのである。

 ホーナイは、まず神経症的葛藤という状態を想定する。

 通常の葛藤においては、「AとBのどちらを選ぶのか」というように明確な選択肢の間での葛藤である。しかし、これとは異なり、神経症的葛藤とは、当人が意識することができない相反する欲動が存在することから発生する。その欲動は強迫的な強さを持っており、、しかも、はっきりと自覚できないがためにいずれの欲動も選ぶことができない。ストレスが高まるばかりで人間を無力化する強烈な葛藤なのである。

 この葛藤に対処するために「人々の方に動く」「人々に対して動く」「人々から離れる」という大きく分けて3種類の方法が選択される。だが、たいていの場合、この三つが入り交じったおり、そのうちの一つが優勢である、というのが実態である。これらは、いわば「他人に近づこうとする」「他人と張り合おうとする」「他人から距離を取る」というスタンスと言い換えることができるもので、シンプルではあるが、対人関係のごく基本的なパターンに注目した非常に明快な分類方法であるといえよう。

 「人々の方に動く」とされている解決方法は依存性パーソナリティに相当するものである。ホーナイは、「追従的人格」と呼んでいる。

 これは「すべて人間的な親密さへの欲求、『何かに屈していたい』という欲求を中心とする」という。根底に「安全感を求める貪欲な衝動」が存在する。他人に受け入れられ、保護を受ることなどを求めるために、他人の要求に敏感になるということである。彼らは、他人の要求にほとんど自動的に素早く答えようとする努力を行う。しばしば、自分と他人とが些細な種類が合うなどの共通点を過大評価し、相違点を無視しがちである、という。

 彼らは「その一方で、自分の本当の感情が何であるのかが分からなくなってしまう」という。

 問題が起こったときに、まず自分を責めたり謝罪したりする、という反応を起こす。追従型の人間は、他人に依存するあまり、他人の言動の些細なことで不安に陥る、という弱さを抱えもつ。他人の評価によって、自己評価する。「ある人が彼から招待を受けた後で彼を招き返さずにいると・・・自己評価のバロメーターがゼロに落ちる」彼らにとっては、拒否・批判=破局であり、しばしば彼らは相手の行為を取り戻すために卑屈なまでの努力を始める。

 また、ホーナイ独自の見解として、彼らに生じる、というものがある。追従型の人間は、愛や性的行動に対する過大な期待があり、「自分を愛してくれる人間にさえ巡りあえるなら万事がうまく行く」と信じる。いくつかの特徴を除けば、ミロンの指摘するように、ホーナイのいう追従型の人間とは、依存性パーソナリティの先駆であると位置づけられる。ホーナイは、自らを無価値な存在とみなし、他人の好意を獲得することを最重視し、卑屈で、自分の個人性を放棄しようとする、という依存性パーソナリティの基本的特徴を踏まえている。

 次の「人々に対して動く」と言うのは一言で言えば攻撃性の強い性格者である。彼らは「他人が自分に敵意を向けている」という基本的な人間感を持ち、社会とは弱肉強食のャングルである。彼らはそのような人間不信を外見的な愛想のよさで押し隠していることが多いが、それも対人戦略として採用しているのにすぎない。追従型の性格者が心の底からお人好しでそれを表に表しているのに対し、この攻撃的な性格者はうわべと内面とが食い違っている。自分を強く見せかけようとして外面をとりつくろっているのである。

 エゴイスティックな彼らは、「他人を制限する」とことを最優先し、支配や恩を売ることまで含めた数多くの手段が、各個人の資質によって採用される。彼らは外的世界での権力獲得・称賛を求めているので、追従型人間と同様に自分の外部世界に重点が置かれ、勝利を獲得しても不安定感は解消できない。

 常に自分の利益からのそろばん勘定で動き、他人をだまし、搾取することもいとわない。彼らにとっては、感情は女々しいセンチメンタルすぎず、あるいはせいぜい偽善である。相手の同情に訴えようとせず、勝つ事に全力を注ぐ。議論好きで自分は正しいと考え、他人の悪意に対してはきわめて敏感である。戦術家の彼らは合理主義者で計画的であり、勝利のために自分の才能を伸ばそうとするので成功することもある。しかし、彼らはそれとわからぬことが多いが、利害と無関係な楽しみを抑制している。だが、彼らは強者として他人に承認されることは求めている。

 なお、上記の二つの傾向は多くの場合共存している。だが、この二つはまったく相反する方向に行くので、機能不全な状態になりかねない。彼らは、二つの傾向のうちいずれかを除去して葛藤を解決しようとするので、結果的に表面的にはいずれか1本の形になる。

 ホーナイは、「他者から離れよう」という傾向を基本的な葛藤を引き起こす根源的要求と位置付けている。外的生活に慣れきった現代人にとっては理解しにくいことであるが、従来の哲学・宗教は自己実現を可能にするものとして孤独を強調してきたのである。建設的な孤独というものが存在するのであり、それに耐えられないのは神経症的である。ホーナイが問題視しているのは、自己実現のための孤独ではなく、「他人と一緒にいる緊張」からの回避手段として孤独が選ばれている、というものである。

 ホーナイは、他の諸家とは異なり、自分の感情に対する感覚の鈍麻などは他のすべての病的状態に共通したものであり、この「他者から離れる」タイプ特有のものではないという。同時に、そのような自己疎外があっても、同時に感情生活を豊かにもっているという場合もあり、必ずしも自己疎外イコール感情鈍麻ではない。

 むしろホーナイは、このタイプの根本的な共通点とは「自分自身に対して、作品でも眺めるように傍観者的態度で客観的に眺め、自分の内部過程を観察する」という態度である。ときに彼らは鋭い自己理解を示すことすらある。むしろ問題は、彼らが他人と他人が内面に入り込もうとしたときに不安反応を起こすこと、そして他人と情動的な関わり合いを持つことを回避しようとしている点である。一方で、一種の精神的自給自足を実現するために様々な工夫を凝らす能力を見せることがある。だが、そのためには自分自身の欲求を制限しなければならないことも多く、自らに、何かに対して愛着を持つことを制限し、「これなしではいられない」という不可欠なものも一切作らないでおこうとすることがある。知識を獲得しようとする場合に、他人からの情報を受け入れるよりも、直接自分自身で確認しようとすることもあり、これが内的独立を促進することもある。

 彼らは、自分自身をベールで覆い、プライバシーを堅持しようとする。

 他人と行動することには喜びが感じられず、楽しい思いをするのは、せいぜいあとになってそれを回想する時だけである。慣れなれしくされると自分の玄関に土足で踏みこまれたような不快感を感じる。他人にかき乱されるのを嫌い、いかなる体験でも他人と共有することを嫌う。

 彼らにとっては、独立それ自体が目標となってしまい、「一人きりになることによって勉強時間を確保する」というように手段として行動の中に組み込まれているわけではない。独立への要求は強迫的なものとなり、その過敏さによってこの傾向の強さが分かる。例としてホーナイがあげているのは、体を締めつける衣類・狭いところ・長期にわたる義務的関係・時間の拘束・世間に一般から期待される行動様式などへの恐怖や抵抗感である。伝統的な社会慣習に表面上合わせることがあっても、内心では抵抗していることがある。

 この離反傾向は根本的に「名誉ある孤立」という言葉が示すように優越感に結びついている。

 この優越性の要求は、競争を避け、努力抜きで「他人が彼の内面にある輝くものを認める」という形で彼が隠している内面生活の質に気づくという事態を期待したり、成功を夢想することによって満たされる。

 また、彼らの優越感は「自分はユニークな存在だ」という自意識によって現れる。彼らが他人に対してまず気にすることは、「自分を放っておいてくれるかどうか」ということである。他人に感情的に巻き込まれまいとする彼らは、自分の感情を抑制する傾向にあり、これは対人関係とは必ずしも関係のない基本的欲求にまで抑制が拡大してしまうという危険を持つ。楽しみに深入りすることは、外部の何かへの依存を引き起こしかねないので、彼らは禁欲主義者に見えることもある。情動の抑制によって、知的活動が強調されやすく、論理によってすべてが解決するような論理性の過大評価になりやすい。自分に侵入しようとしない他人であればまだしも受け入れられるか、いったん孤立が犯されそうになるとあらゆる手段を動員してそれを避けようとする場合もある。彼らにとって、離反とは、人格の統合を維持し、心の平安を保つ格好の手段である。だが、健全な孤立が「それを選択することもできるし選択しないこともできる」という柔軟さがあるのに対し、病的になればなるほど離反は選択の余地のない防衛方法となる。また、一旦離反が犯されると、パニック的な反応を示すことがある。

 また、彼が心ひそかにもっている優越感が何らかの失敗体験によって毀損されると、逆に孤独に耐えられなくなり他人に接近しようとすることもある。全体としては、孤独な人生のなかで、ごく時折対人関係を求めるエピソードが点在する、という人生になりやすい。